どるばこ速報 トップ > PINKニュース+ > 【歴史】“ボイン”から始まる『巨乳の日本史』 「ボイン」から「デカパイ」そして「Dカップ」へ[01/18] ©bbspink.com > キャッシュ - (2018-03-05 23:19:11 解析)

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【歴史】“ボイン”から始まる『巨乳の日本史』 「ボイン」から「デカパイ」そして「Dカップ」へ[01/18] ©bbspink.com

1 :
逢いみての… ★
2018/01/18(木) 00:10:17
「この阿呆めが。女を見るならまず胸をというのが鉄則ではないか」

1000を超える文献を調べ上げ、『巨乳の誕生』(太田出版)を上梓した安田理央氏によれば、ルイ15世はオーストリアから息子のためにマリー・アントワネットを迎える時、胸の大きさを確認しなかった秘書官をこう怒鳴り飛ばしたという。歴史が証明するように、世界ではすでに17世紀から大きな胸に対する価値が高かったが、意外にも日本では重視されていなかった。

「江戸時代の春画は男女の生殖器ばかりに焦点を当て、乳房はほとんど描かれていません。性的興奮を掻き立てられる部位ではなかったのです」(安田理央氏。以下「」内はすべて同氏)

日本社会において“胸”が意識され始めたのは第2次世界大戦後、欧米文化が流入してからだ。

「1952年公開の『ならず者』(米国1943年公開)に主演したジェーン・ラッセルの肉体美に多くの日本男児が圧倒され、『肉体女優』という言葉が生まれました。その後、1956年に前田通子が新東宝の映画『女真珠王の復讐』で、日本映画史上初めてヌードを披露。翌年には、日活が筑波久子、松竹が泉京子を“肉体派”として売り出していった。同じ時期に『グラマー』という表現が頻出し始めます」

1967年、人気深夜番組『11PM』で司会の大橋巨泉が朝丘雪路の胸を「ボイン」と番組内で呼ぶ。2年後、月亭可朝が『嘆きのボイン』という歌を発売し、売り上げ80万枚を記録。「ボイン」は子供たちにまで広がる流行語となった。

「『ボイン』は日本で初めて“大きな乳房”を形容した言語として歴史に刻まれました。しかし、1967年10月にツイッギーが来日し、細身の女性がもてはやされる風潮が生まれます。同時にアメリカのストラスマン博士が『バストサイズと性格および知能の関係』を発表し、胸の大きい女性は知能指数が低いという俗説が流れ始めます」

大きな胸がマイナスイメージだった1970年代前半、日本に“アイドル”という概念が生まれる。処女性が求められた彼女たちにとって大きな胸は余計なものだった。

「1970年代後半の榊原郁恵や1980年代前半の河合奈保子など、胸の大きいアイドルは、たとえ売れてもトップには立てない宿命にありました」

1977年、『月刊バチェラー』が創刊される。当初は芸能色の強いグラフ誌だったが、4号目から外国人ヌード雑誌に路線変更し、1979年の後半から胸の大きな外国人を扱う専門誌に姿を変えていく。

「他の雑誌でも徐々に『ボイン』から『デカパイ』という呼び名に変わっていきます。1977年、子供たちが『デカプリン!!』と叫ぶと、大場久美子が恥ずかしそうに胸を押さえる『ハウスプリン』のCMの影響があったのかもしれません」

1981年にアダルトビデオ(以下、AV)が生まれると、1982年には初めて大きな乳房を全面に押し出した藤尚美主演の『恵子 バスト90桃色乳首』が発売される。

「1982年からヌードモデルの仕事を始めた中村京子は次第にAVにも出演し、1984年『平凡パンチ』の投稿ページで『Dカップ京子』と名付けられます。『ドリフ大爆笑』に出演するなど、テレビでも活躍したことで『Dカップ』は一般に認知されるようになりました」

元号が昭和から平成に変わった直後の1989年2月、松坂季実子というGカップのAV女優が誕生する。村西とおる監督作品『でっか~いの、めっけ!!』に出演すると、爆発的な売り上げを記録、一般社会に“巨乳”が浸透し始めていった。

「“巨乳”という言葉自体は、すでに『平凡パンチ』1967年8月28日号でジェーン・マンスフィールドの胸を表現する際に使われており、『バチェラー』でも1980年代前半から頻繁に掲載されていましたが、世の中に浸透したのは松坂季実子の出現以降です」

続く

以下ソース
http://www.news-postseven.com/archives/20180117_644039.html

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2 :
逢いみての… ★
2018/01/18(木) 00:10:39
同年、AV界ではEカップの樹まり子、Fカップのいとうしいななどがデビュー。巨乳旋風が吹き荒れた。この鉱脈をさらに切り開いたのが、1984年に堀江しのぶをデビューさせたイエローキャブ軍団を率いる野田義治氏だった。その後、1998年に“だっちゅ~の”を流行らせたパイレーツを経て、「巨乳」は市民権を獲得していく。2010年代に入り、小向美奈子の登場で「巨乳」はひとつの頂点を迎える。

『肉体女優』に始まった呼び名が時代の変遷とともに変化する中で、大きなオッパイの女性は偏見と闘い続けた。毎日のように巨乳を目にできるようになった今こそ、我々は感謝と憧憬を忘れてはならないだろう。

終わり
3 :
夜更かしなピンクさん
2018/01/18(木) 00:12:05
マドンナと娘の「わき毛」に注目集まる。セレブに学ぶ、自分の身体を「選択」することの意味
http://www.ddpmcq.shop/
4 :
夜更かしなピンクさん
2018/01/18(木) 00:57:15
ジーカップダイスキがいるのなら
ツルペタクイーンが居てもいいはず
5 :
夜更かしなピンクさん
2018/01/18(木) 03:46:57
細川ふみえは変わってなかったが
かとうれいこ誰かわからなかった
6 :
夜更かしなピンクさん
2018/01/18(木) 10:35:39
>「江戸時代の春画は男女の生殖器ばかりに焦点を当て、乳房はほとんど描かれていません。性的興奮を掻き立てられる部位ではなかったのです」(安田理央氏

物知らずだなあ、絵師による
鈴木春信なんかはその通りだが、哥麿は巨乳派だぞ
春画じゃなくても金太郎が美人の山姥の巨乳をねぶったり、おっぱい大好き浮世絵師だ
7 :
夜更かしなピンクさん
2018/01/18(木) 20:13:41
日本人の巨乳好きは異常
普通男なら女のでかいケツに目が行くだろ
8 :
夜更かしなピンクさん
2018/01/30(火) 23:13:37
あたしのことボインなんて言うイヤラシイ男の人大嫌い
9 :
夜更かしなピンクさん
2018/03/05(月) 08:39:42
ボイン
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